売上が下がれば、売上目標を上げる。利益が減れば、経費を削減する。生産性が落ちれば、管理を強化する。経営者として数字を改善しようとするのは当然です。しかし、こんな経験はないでしょうか。数字を追わせても社員が動かない。新しい制度をつくっても定着しない。会議で目標を伝えても、現場に危機感がない。経営者だけが焦り、社員との温度差が広がっていく。
業績不振の会社を立て直すとき、本当に最初に変えるべきものは何なのでしょうか。そのヒントになるのが、稲盛和夫氏による日本航空、JALの再建です。JALは2010年1月、約2兆3,000億円の負債を抱えて会社更生法の適用を申請しました。その後、稲盛氏が会長に就任し、JALフィロソフィの制定、アメーバ経営をベースにした部門別採算制度の導入などを進めます。もちろん再生は精神論だけで実現したわけではありません。不採算路線からの撤退、事業規模の縮小、人員削減、人件費削減など、非常に厳しい改革も同時に実施されています。
それでもJAL再生から経営者が学ぶべき重要な点があります。稲盛氏は、数字を改善する仕組みだけではなく、その数字をつくる「人の考え方」まで変えようとしたのです。
JAL再生の本質は「数字」と「人の意識」を同時に変えたこと
JAL再建について「稲盛和夫が社員の心を変えたから復活した」とだけ説明すると、本質を見誤ります。JALの再生では、事業規模の縮小やコスト改革とともに、「JALフィロソフィ」と部門別採算制度が導入されました。破綻前は利益についてどの部署や役職が責任を持つのかが明確ではなく、収入計画と支出計画も別々に管理されていたため、収入減少に対して支出削減を迅速に行いにくい状態があったとされています。
そこで変えたのが、「一部の経営陣だけが経営する会社」から「社員一人ひとりが経営を考える会社」への転換でした。JALの部門別採算制度は、各部門が会社経営に関わる数字と向き合い、経営状態を共通の採算表によって把握する仕組みです。その目的は、単なるコスト管理ではなく、経営者人財の育成、全員参加、先行管理などにあります。
ここに大きなヒントがあります。数字を見せるだけでは、人は経営者になりません。「なぜ利益が必要なのか」「何のために会社を良くするのか」「自分たちはどのような会社でありたいのか」という価値観と、数字を自分ごととして考えられる仕組み。その両方が必要なのです。
稲盛和夫が持ち込んだ「フィロソフィ」とは何だったのか
JALフィロソフィとは、社員一人ひとりが仕事や人生に向き合ううえで大切にする考え方や判断基準を共有するためのものです。JAL再建当初、社員の一体感や当事者意識が十分でない状態があったとされ、そこで稲盛氏は経営哲学を伝え、JALフィロソフィを策定し、社員が共通の価値観を持って判断できる状態を目指しました。
これは、中小企業でも同じです。美容サロンで「売上100万円を目指そう」と伝えるだけでは、数字は経営者の目標で終わるかもしれません。しかし、「私たちは、お客様の人生を美容を通して豊かにする。そのために技術力と提案力を高め、適正な利益を残し、スタッフにも還元する」と伝われば、売上の意味が変わります。
歯科医院でも、「自費率を上げよう」だけでは現場に違和感が生まれる可能性があります。しかし、「患者様が将来まで健康でいられる選択肢を正しく伝え、その結果として適正な利益を生み、より良い医療環境に再投資する」という考え方が共有されれば、数字と理念を結びつけて考えられます。
数字だけでは、人の心は動きにくい。しかし理念だけでも、経営は続きません。理念と利益をつなぐことが、経営には必要なのです。
人は「やらされている」と感じると、主体性を失いやすい
心理学の観点から見ても、行動を命令や罰だけで変えようとすると、長期的な主体性につながらない場合があります。選択理論心理学では、人の行動は本人が選択するものと捉えます。経営者ができることは、社員を直接コントロールすることではなく、社員がより良い行動を選びやすい環境や関係をつくることです。
「会社が厳しいから経費を減らせ」「もっと売上をつくれ」「利益を意識しろ」と言われても、自分と会社の数字がつながっていなければ、社員にとって経営は「社長の仕事」のままです。一方で、「自分たちの行動が、この数字をつくっている」と分かれば、見える景色が変わります。
これは、アメーバ経営の重要な考え方にもつながります。大きな組織を小さな単位に分け、それぞれのリーダーやメンバーが自分たちの数字について考えることで、全員参加経営を目指します。
「心を変える」とは、精神論を押しつけることではない
ここは非常に重要です。「社員の意識を変えなければならない」と考えた瞬間、経営者は社員教育を増やしたくなることがあります。研修をする。理念を暗唱させる。朝礼で経営者の考えを話す。もちろん、それらにも意味はあります。
しかし、社員に「もっと経営者意識を持ちなさい」と言うだけでは、経営者意識は育ちません。必要なのは、理念という「判断基準」と、数字が見える「仕組み」をセットにすることです。
「お客様を大切にしよう」と言いながら、評価は売上だけ。「挑戦しよう」と言いながら、失敗した社員を責める。「全員経営」と言いながら、数字を経営者しか知らない。これでは、社員は理念ではなく経営者の実際の行動を見ます。
理念、制度、評価、会議、数字、経営者の行動。これらが同じ方向を向いて初めて、組織文化は少しずつ変わっていきます。
経営者が陥りやすい3つの間違い
一つ目は、業績が悪くなるほど数字だけを強く追わせることです。数字は重要ですが、「なぜこの数字を達成するのか」が共有されなければ、社員にとってはノルマになりやすくなります。
二つ目は、「社員に危機感がない」と嘆くことです。社員が経営数字を知らず、自分の仕事と会社の利益のつながりも理解できていなければ、経営者と同じ危機感を持つことは簡単ではありません。
三つ目は、意識改革を研修だけで終わらせることです。本当に組織を変えるなら、理念研修だけでなく、会議、評価、人財育成、KPI、情報共有といった日常の仕組みにまで反映する必要があります。
JALでも、フィロソフィだけが導入されたわけではありません。部門別採算制度によって数字を見えるようにし、不採算事業の見直しなど実際の経営改革を同時に行いました。だからこそ、「考え方」と「経営の仕組み」が結びついたと考えることができます。
中小企業がJAL再生から学べる4つの経営改革
まず、「何のために会社を経営するのか」を言葉にすることです。利益を出すことは不可欠ですが、その利益によって誰を幸せにし、どんな未来をつくるのかまで共有します。
次に、数字を現場に開くことです。サロンなら売上だけでなく、生産性、再来率、人件費、材料費、利益。歯科医院ならチェア別・診療部門別の数字。営業組織なら売上だけでなく粗利益や受注率など、自分たちの行動と結果がつながる数字を共有します。
三つ目は、社員に数字を考えさせることです。「今月の売上が不足している。どうする?」と答えを与える前に、現場に考えてもらう。数字を管理の道具ではなく、対話の共通言語に変えていきます。
そして四つ目は、理念と数字を必ずセットで見ることです。「売上が上がったから正しい」ではありません。その成果は理念に沿った方法で生まれたのか。お客様との信頼を壊していないか。社員を疲弊させていないか。未来につながる利益なのか。これを問い続けることが、理念と利益を両立する経営につながります。
人が変われば、数字の「つくり方」が変わる
JALは2012年3月期に2,049億円の営業利益を計上し、同年9月に再上場しました。再建にあたっては、不採算路線からの撤退や大規模な人員・コスト改革とともに、企業理念の再構築、JALフィロソフィ、部門別採算制度によって、組織の内側からも立て直す取り組みが進められました。
ここから学べるのは、「数字を見なくても、人の心さえ変えればいい」という話ではありません。むしろ逆です。数字を徹底的に見る。仕組みを変える。不要なものを見直す。それと同時に、「その数字をつくるのは誰なのか」を忘れない。
会社の数字をつくっているのは、最終的には一人ひとりの日々の判断と行動です。だから経営改革は、財務諸表だけを変える仕事ではありません。人が何を信じ、何を基準に考え、どのような行動を選ぶのか。そこまで変えて初めて、数字の変化が続く組織になっていくのです。
まとめ|数字を変えたいなら、数字をつくる「人と仕組み」を変える
JAL再生から中小企業経営者が学べる最大の教訓は、理念か数字かという二者択一ではありません。理念を共有する。一人ひとりが数字を理解する。自分の仕事と会社の利益をつなげる。現場で考え、改善する。そして、その結果をまた数字で確認する。この循環をつくることです。
経営者一人が数字を背負う会社から、一人ひとりが会社の未来を考える組織へ。会社が厳しいときほど、数字だけを追いたくなります。しかし数字の奥には、いつも人がいます。
数字を変えるために、人を責めるのではない。人が正しい判断をできる理念と仕組みをつくる。そこに、持続的な経営改革の入口があります。
よくあるご質問
Q1. 稲盛和夫氏はなぜJALを再生できたのですか?
大規模な事業・財務改革に加え、JALフィロソフィと部門別採算制度によって、社員の判断基準と採算意識を変える改革を進めたことが重要な要因の一つです。JAL再生を「意識改革だけ」の成果として捉えるのではなく、人・理念・数字・事業改革を同時に進めた点を見る必要があります。
Q2. JALフィロソフィとは何ですか?
JALフィロソフィとは、JALグループ社員が仕事に取り組むうえで共有する考え方や価値観、判断基準です。経営理念を現場の日々の判断や行動につなげる役割を持っています。
Q3. アメーバ経営とは何ですか?
アメーバ経営とは、大きな組織を小さな単位に分け、それぞれが採算を意識しながら経営に参加する仕組みです。目的は単なる数字管理ではなく、経営者意識を持つリーダーを育て、社員が経営に参加する状態をつくることにあります。
Q4. 中小企業でもJALの経営改革を応用できますか?
応用できます。ただし、JALと同じ制度をそのまま導入する必要はありません。理念の共有、部門や店舗ごとの数字の可視化、社員参加型の改善会議など、自社の規模に合わせて取り入れることが重要です。
Q5. 社員の経営者意識を高めるにはどうすればいいですか?
まず、社員が会社の数字と自分の仕事のつながりを理解できる環境をつくることです。「経営者意識を持ちなさい」と伝えるだけではなく、必要な数字を共有し、自分たちで考え、改善案を出せる機会を増やすことが大切です。
Q6. 理念と数字はどちらを優先すべきですか?
どちらか一方ではなく、理念と数字を両立させることが重要です。理念は「どのように成果を生み出すか」という判断基準になり、数字は理念を実現し続けるための経営基盤になります。
Q7. 組織改革にはどれくらい時間がかかりますか?
組織の規模や現在の状態によるため、一律には決められません。制度だけなら短期間で変更できますが、人の考え方や日常の行動習慣が変わるには継続的な取り組みが必要です。理念、会議、評価、人財育成、数字管理を連動させていくことが重要です。
まず、自社の現在地を知ることから始めてみてください
この記事を読んで、「うちも経営者だけが数字を追っている」「社員にもっと経営者意識を持ってほしい」「理念はあるけれど、数字や日々の行動につながっていない」と感じた方もいるかもしれません。その場合、いきなり大きな経営改革を始める必要はありません。まず、自社の現在地を知ることから始めてみてください。
理念は社員の判断基準になっているか。社員は自分たちの数字を理解しているか。幹部が経営者と同じ視点で考えられているか。会議が数字の報告だけで終わっていないか。人財育成と会社の成果がつながっているか。一つひとつ確認していくと、「社員の意識が低い」という言葉だけでは見えなかった、本当の課題が見えてくることがあります。
無料の組織・経営診断では、理念、人財育成、組織マネジメント、幹部育成などの観点から、自社の状態を客観的に整理するきっかけとして活用いただけます。まずは、自社の現在地を知ることから始めてみてください。必要な場合は、診断後の経営相談で具体的な改善方法を一緒に整理することもできます。
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